1. デリバティブのEADはなぜ特別なのか
貸出金やコミットメントのEADは、残高や未使用枠をベースに計算できます。しかしデリバティブ取引(金利スワップ・通貨スワップ・オプション等)のEADは、まったく異なるアプローチが必要です。
理由は2つあります。第一に、デリバティブは現時点での時価(公正価値)が市場の変動に応じて日々変動するため、残高という概念が馴染みません。第二に、相手方がデフォルトするのは将来のことであり、デフォルト時点での時価は現時点とは異なります。つまり「今の時価」だけではなく「将来の潜在的なエクスポージャー」も見込む必要があります。
バーゼルⅢ最終化で導入されたSA-CCR(Standardised Approach for Counterparty Credit Risk)は、この2つの要素——現時点の時価に基づく再構築コスト(RC)と、将来の潜在的エクスポージャー(PFE)——を組み合わせてデリバティブのEADを計算する手法です。
2. SA-CCRの基本構造
SA-CCRによるEADの計算式は以下のとおりです。
EAD = α × (RC + PFE)
- α(アルファ):規制上定められた係数(1.4)。モデルリスクや残余リスクをカバーするためのバッファー
- RC(Replacement Cost:再構築コスト):現時点で相手方がデフォルトした場合の損失額
- PFE(Potential Future Exposure:潜在的将来エクスポージャー):将来の市場変動による追加的なエクスポージャーの見込み額
RCとPFEはそれぞれ独立して計算し、合算した上でα=1.4を乗じます。以下、RCの計算から順に解説します。
3. RC(再構築コスト)の計算
RCは、現時点で相手方がデフォルトした場合に銀行が被る損失額です。簡単に言えば「今すぐデフォルトしたら、このポートフォリオを市場で再構築するのにいくらかかるか」という金額です。
担保契約(CSA:Credit Support Annex)の有無によって計算方法が異なります。
(1)担保契約なし(非マージン取引)の場合
RC = max(V, 0)
- V:ネッティングセット全体の現在時価(銀行側から見た正味の時価)
時価がプラス(銀行が相手方に対して債権を持っている状態)であれば、その金額がそのままRCになります。時価がマイナス(銀行が相手方に対して債務を持っている状態)であれば、RCはゼロです。相手方がデフォルトしても銀行は損しないからです。
(2)担保契約あり(マージン取引)の場合
RC = max(V − C, TH + MTA − NICA, 0)
- C:現在受領している担保(変動証拠金)の純額
- TH:担保閾値(Threshold)。担保授受が発生する時価の下限
- MTA:最低授受額(Minimum Transfer Amount)
- NICA:純独立担保額(Net Independent Collateral Amount)。変動証拠金以外の担保の純額
マージン取引では担保が日々授受されるため、RCは担保控除後の正味エクスポージャーと担保閾値・最低授受額に相当する部分のいずれか大きい方となります。完全な日次担保授受(TH=0・MTA=0)が行われている場合、V=Cに近づくためRCはゼロに近くなります。
4. PFE(潜在的将来エクスポージャー)の計算
PFEは、将来の市場変動によって時価が不利な方向に動いた場合のエクスポージャーの増加分を見込む数値です。SA-CCRではPFEを以下の式で計算します。
PFE = multiplier × AddOnaggregate
PFEの計算は、以下の5つのステップで行います。全体の流れを先に把握してから各ステップの詳細を読むと理解しやすくなります。
| ステップ | 内容 | 計算要素 |
|---|---|---|
| ① | 調整後想定元本の算出 | 取引の想定元本に期間係数等を適用 |
| ② | 監督上のデルタ(δ)の適用 | 方向性・オプション性を反映した符号・大きさの調整 |
| ③ | 満期係数(MF)の適用 | 残存期間に応じたリスクの時間的な大きさを反映 |
| ④ | 実効想定元本の集約・ネッティング | ヘッジングセット内で①〜③を掛け合わせた値を集約 |
| ⑤ | 監督係数(SF)の乗算→アドオン算出 | アセットクラスごとのボラティリティ水準を反映 |
最終的なPFEは、このアドオンにmultiplier(担保余剰がある場合の圧縮係数)を乗じて求めます。以下、それぞれの要素を説明します。
(1)アドオン(AddOn)
アドオンは取引の種類(アセットクラス)ごとに計算し、合算します。アセットクラスは以下の5つです。
| アセットクラス | 主な対象取引 |
|---|---|
| 金利 | 金利スワップ、金利先物、FRA等 |
| 為替 | 通貨スワップ、為替先物、FXオプション等 |
| 信用 | CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)等 |
| 株式 | 株式スワップ、株式オプション等 |
| コモディティ | 商品先物・スワップ等 |
各アセットクラスのアドオンは、個々の取引の調整後想定元本(Adjusted Notional)に監督上のデルタ(δ)と満期係数(MF)を乗じて計算した「実効想定元本」を、ヘッジングセット内でネッティング・集約した上で、アセットクラスごとの監督係数(SF:Supervisory Factor)を乗じて求めます。
アセットクラス別の監督係数(SF)
| アセットクラス | 区分 | SF |
|---|---|---|
| 金利 | 全通貨 | 0.5% |
| 為替 | 全通貨ペア | 4% |
| 信用 | 投資適格(IG) | 0.38% |
| 信用 | 投機的格付(SG) | 1.06% |
| 株式 | 単一銘柄 | 32% |
| 株式 | 指数 | 20% |
| コモディティ | 電力 | 40% |
| コモディティ | その他 | 18% |
監督係数はなぜアセットクラスによって大きく異なるのか
BCBSの理論的な整理によれば、監督係数(SF)は各アセットクラスの主要リスクファクターの1年間のボラティリティを反映したものです。SFが大きいほど、そのアセットクラスの価格変動が大きいことを意味します。
| アセットクラス | SF水準 | 理由 |
|---|---|---|
| 金利(0.5%) | 最も低い | 金利の絶対水準は比較的安定しており、1年間の変動幅が小さい。ただし調整後想定元本にSD(監督上の期間)を乗じるため、長期取引ではEADが大きくなる |
| 為替(4%) | 中程度 | 通貨間の相対価値は金利より変動が大きく、1年間で数%程度動くことが一般的 |
| 信用IG(0.38%)・SG(1.06%) | 低〜中程度 | クレジットスプレッドの変動を反映。投資適格は低く、投機的格付けは高い。金利同様SDによる調整後想定元本の拡大がある |
| 株式・単一銘柄(32%) | 高い | 個別株価の年間ボラティリティは一般的に20〜40%程度あり、SFもこれを反映した高水準 |
| コモディティ・電力(40%) | 最も高い | 電力価格は需給の逼迫や天候等により急騰・急落しやすく、全アセットクラス中で最も高いボラティリティを持つ |
なお、金利・信用取引は調整後想定元本にSD(監督上の期間)を乗じる構造のため、SFは低くても残存期間が長い取引ではEADが大きくなります。一方、為替・株式・コモディティの調整後想定元本は基本的に想定元本そのものであり、SFの水準がそのままEADの大きさに直結します。
(2)multiplier(乗数)
multiplierは、担保が余剰に差し入れられている場合(オーバーコラテライゼーション)にPFEを圧縮するための係数です。
multiplier = min(1, 0.05 + 0.95 × exp((V − C) / (2 × 0.95 × AddOnaggregate)))
担保余剰がない通常の状態ではmultiplier=1となり、PFEはアドオンそのものになります。担保が余剰に差し入れられるほどmultiplierは小さくなり(最低0.05)、PFEが圧縮されます。
5. シンプルなケースでは計算はどこまで単純化されるか——為替先物の例
SA-CCRは複雑に見えますが、単純な取引・非マージン取引の場合、計算は驚くほどシンプルになります。為替先物(FXフォワード)を例に確認します。
為替先物のようなプレーンバニラの線形取引では、以下の簡略化が成立します。
- 監督上のデルタ δ = +1(オプション性なし)
- 調整後想定元本 = 想定元本そのもの(外貨建て想定元本を国内通貨換算した値)
- 満期係数 MF = 1(残存期間1年以上の場合)
- multiplier = 1(担保余剰なし)
- 監督係数 SF = 4%(為替アセットクラス)
したがって、残存期間1年以上の為替先物1本のPFEは:
PFE = 1(multiplier) × 想定元本 × 1(δ) × 1(MF) × 4%(SF) = 想定元本 × 4%
非マージン取引でかつ取引開始時点(時価V≒0)であれば、RC≒0となるため:
EAD = 1.4 × (0 + 想定元本 × 4%) = 想定元本 × 5.6%
例えば想定元本100億円の1年物ドル円フォワード(非マージン・時価ゼロ)であれば、EADは単純に5.6億円となります。
なお残存期間が1年未満の場合(例:3ヶ月物)はMF = √(0.25) = 0.5となり、EAD = 1.4 × 想定元本 × 0.5 × 4% = 想定元本 × 2.8%に低下します。残存期間が短いほどリスクが小さくなることが直感的に確認できます。
【ポイント】SA-CCRの実務的な活用
このように、単純な線形取引・非マージン取引ではSA-CCRの計算は「想定元本 × SF × MF × α」というシンプルな構造に帰着します。複雑さが増すのは、ネッティングセット内に複数のアセットクラスの取引が混在する場合や、マージン取引でRC・multiplierの調整が必要な場合、そして金利・信用取引のように調整後想定元本にSDを乗じる場合です。
6. 金利取引のアドオン計算——具体例
より複雑なケースとして、金利スワップの計算例を確認します。金利取引では為替先物と異なり、調整後想定元本に監督上の期間(SD:Supervisory Duration)を乗じる点が重要です。
【前提条件】
- 5年物の円金利スワップ(固定受・変動払)、想定元本100億円(開始日S=0、終了日E=5年)
- デルタ(δ)= +1(固定受のプレーンバニラスワップ)
- 担保契約なし(非マージン取引)、現在時価 V = +2億円
Step 1:監督上の期間(SD)の計算
SD = (exp(−rS) − exp(−rE)) / r (r = 0.05)
= (exp(0) − exp(−0.25)) / 0.05
= (1 − 0.7788) / 0.05 ≒ 4.42年
SDはスワップの時価変動がスワップレートの変化にデュレーションを乗じた値で近似されることを反映しています。残存期間が長いほどSDが大きくなります。
Step 2:調整後想定元本の計算
d = N × SD = 100億円 × 4.42 = 442億円
Step 3:満期係数(MF)の適用
非マージン取引・残存期間5年 → MF = √(min(5年, 1年) / 1年) = 1
Step 4:実効想定元本 = 442億円 × 1(δ) × 1(MF) = 442億円
Step 5:アドオン = 442億円 × 0.5%(SF) = 2.21億円
PFE = 1(multiplier) × 2.21億円 = 2.21億円
RC = max(2億円, 0) = 2億円
EAD = 1.4 × (2億円 + 2.21億円) = 5.89億円
為替先物(SF=4%・調整後想定元本=想定元本そのもの)と比べると、金利スワップはSF=0.5%と低いものの、SDによる調整後想定元本の拡大効果(100億円→442億円)があります。結果として、5年物スワップのEADは想定元本の約5.9%となり、為替先物の5.6%と近い水準になります。
7. ネッティングと担保の効果
ネッティングの効果
同一のネッティングセット内の取引は、時価をネット(相殺)した上でRCを計算します。例えば同一相手方との取引Aが時価+5億円、取引Bが時価−3億円であれば、RC = max(5−3, 0) = 2億円となり、ネッティングの恩恵を受けられます。
PFEのアドオン計算においても、同一ヘッジングセット内でポジションのネッティングが認められます。ただしアセットクラスをまたぐネッティングは認められず、アドオンはアセットクラス単位で合算します。
担保(CSA)の効果
変動証拠金(Variation Margin)を日々授受する担保契約(CSA)がある場合、RCが大幅に圧縮されます。完全な日次授受(TH=0・MTA=0)の場合、RC≒0となります。
独立担保額(Initial Margin)が差し入れられている場合は、NICAとしてRC計算に反映されるとともに、multiplierを通じてPFEも圧縮されます。
8. SA-CCRの実務上の留意点
(1)旧手法(CEM)との主な違い
| 論点 | CEM(旧手法) | SA-CCR(新手法) |
|---|---|---|
| 担保の効果 | RC計算でしか反映されない | RCとPFEの両方に反映 |
| ネッティングの効果 | RC計算のみ。PFEは単純合計 | RCとPFEの両方で反映 |
| リスク感応度 | アセットクラス・残存期間のみ | デルタ・ボラティリティ・SDも考慮 |
| オプションの扱い | 名目元本ベース | デルタ調整済み想定元本 |
(2)国内基準行への適用
告示第79条第2項により、国内基準行であり、かつ内部モデル方式(IMM)採用行・SA-CVA採用行のいずれでもない場合は、SA-CCRに代えて旧来のカレント・エクスポージャー方式(CEM)を用いることができます。ただし同条ただし書きにより、一度SA-CCRを使用した後はCEMに戻すことができない点に注意が必要です。
(3)IMMとの関係
内部モデル方式(IMM)は当局の事前承認が必要で、高度なリスク管理体制を持つ大規模行のみが適用できます。IMMを採用した場合でも、Output FloorによりSA-CCRベースのRWAの72.5%を下回ることはできません。このためIMM採用行においてもSA-CCRによる並行計算が必要です。IMMの詳細については次回記事で解説します。
まとめ
SA-CCRによるデリバティブEAD計算のポイントを整理します。
- EAD = α(1.4) × (RC + PFE)
- RCは「今デフォルトした場合の損失」、PFEは「将来の潜在的エクスポージャー」
- PFEの計算は5ステップ(調整後想定元本→δ→MF→集約→SF乗算)で求めたアドオンにmultiplierを乗じる
- 為替・株式・コモディティの調整後想定元本は想定元本そのもの。金利・信用は想定元本×SD(監督上の期間)となるため残存期間が長いほど大きくなる
- 単純な線形取引・非マージン取引では想定元本 × SF × MF × αに帰着(為替先物1年物:想定元本×5.6%)
- SFの大小は各アセットクラスの主要リスクファクターの1年間のボラティリティを反映(金利0.5%〜電力40%)
- 担保契約(CSA)があるとRCが圧縮、余剰担保があるとPFEも圧縮(multiplier)
- アセットクラスをまたぐネッティングは不可。アドオンはアセットクラス単位で合算
- 国内基準行はCEMへの切り替えが一定条件下で可能だが一度SA-CCRを使うと戻れない
- IMM採用行もOutput FloorによりSA-CCRの並行計算が必要
次回は、内部モデル方式(IMM)によるEAD計算について解説します。SA-CCRとの考え方の違い、EPE(期待正エクスポージャー)の算出、ストレスEPE等を扱います。
前回記事:信用リスク削減手法(CRM)と包括的手法によるEAD削減【第2回】