FRTBによる市場リスクの再構築 ― Expected Shortfallと新しい区分ルール

1. FRTB導入の背景

リーマン・ショックを契機に、既存のVaR手法が市場リスクを十分に捉えられないことが明らかになりました。バーゼル委員会はこの反省を踏まえ、Fundamental Review of the Trading Book(FRTB)を策定しました。2016年に最終化され、バーゼルIII最終化の一部として位置付けられています。FRTBは、市場リスクの定義・区分・計測のいずれにも抜本的な見直しを加えた、過去最大規模の改革といえます。


2. トレーディング勘定とバンキング勘定の再定義

従来の枠組みでは、トレーディング勘定とバンキング勘定の区分が曖昧で、規制裁定の余地がありました。FRTBでは、これを防ぐために明確な区分ルールと承認要件が導入されています。

  • トレーディング勘定(Trading Book):短期的な売買益を目的としたポジション。流動性や価格評価可能性が求められる。
  • バンキング勘定(Banking Book):長期保有や金利収益を目的としたポジション。市場リスク計測ではなく、主に信用リスク規制の対象。

ポジションの分類は原則として固定され、恣意的な移動が制限されました。また、監督当局の承認を得ずに移動する場合には、追加資本が課される仕組みとなっています。


3. Expected Shortfall(ES)による新たなリスク計測

FRTBでは、VaRに代わりExpected Shortfall(ES)が市場リスクの中心指標として採用されました。ESは、損失分布の上位q%の平均損失を測定するもので、テールリスクをより適切に反映します。

ESの採用により、次のような改善が実現しました:

  • テールリスク(極端損失)への感度が向上
  • 分布仮定に対する頑健性の向上
  • ポートフォリオ間のリスク比較の一貫性向上

計算条件もVaRから見直され、97.5%信頼水準流動性ホライズン別の時間加重(10〜120日)が適用されます。特に、商品の流動性に応じて資本要件が変動する点が大きな特徴です。


4. 新しい内部モデル手法(IMA)と標準化手法(SA)

FRTBでは、従来の内部モデル手法(IMA)が再設計され、より厳格な基準が導入されました。主な特徴は以下の通りです。

  • P&L Attribution Test:モデルの損益分布が実際の取引損益を適切に再現しているかを検証。
  • Backtestingの強化:ESベースでのテストが義務化。
  • テスト不合格の場合、当該デスクは内部モデルの使用資格を失い、標準化手法(SA)に切り替え。

一方、標準化手法(SA)は、かつてのバーゼルIIのSAよりも高度化されています。リスク要因別(デルタ、ベガ、カーブなど)に感応度を算出し、リスク感応度ベースのアプローチ(Sensitivity-based Method)が採用されました。これにより、SAでも市場リスクをより精緻に捉えることが可能となりました。


5. 実務上の影響と課題

FRTBの導入は、金融機関のリスク管理実務に多大な影響を及ぼしています。

  • データ要件の大幅増加:市場データ、ポジションデータ、取引履歴の高頻度収集が必要。
  • モデル承認のデスク単位化:従来よりも承認単位が細分化され、モデル管理のコストが上昇。
  • システム負荷の増大:ES計算やストレスシナリオ評価のための計算リソースが拡大。

これらの課題に対応するため、各行はトレーディングデータ基盤の整備、リスクデータアグリゲーション能力の強化(BCBS 239対応)を急速に進めています。


6. まとめと展望

FRTBは、市場リスク規制の信頼性と一貫性を高めるための抜本的な改革です。VaR時代の「見落とし」を補い、より実態に即したリスク把握を目指しています。しかし同時に、実務面ではデータや計算負荷の増加という新たな課題ももたらしました。

今後、各国当局による実施時期の調整や、銀行内部でのモデル最適化が進む中で、FRTBは単なる規制対応ではなく、リスク管理の高度化を促すフレームワークとして定着していくことが期待されます。

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