1. RWAの基本構造と本記事の位置づけ
信用リスクアセット(RWA:Risk-Weighted Assets)は、銀行の自己資本比率規制の中核をなす指標です。その基本式は以下のとおりです。
RWA = EAD × RW
EAD(デフォルト時エクスポージャー)については、本サイトでEADシリーズ全3回を通じて詳しく解説してきました。本記事では、もう一方の柱であるRW(リスクウェイト)について、特にIRB方式における計算の仕組みを解説します。
SA(標準的手法)におけるRWは、規制上の対応表に従って事業法人・住宅ローン・株式等の区分ごとに固定値が定められています(例:無格付の事業法人なら100%)。これに対しIRB方式では、銀行が自行で推計したPD・LGD・Mなどのパラメータを規制式に代入することで、リスク感応度の高いRWが算出されます。本記事ではIRBの計算ロジックを中心に扱います。
2. IRBの基本式――何を組み合わせて何を出すのか
IRB方式における信用リスクRWは、ASRF(Asymptotic Single Risk Factor:漸近的単一リスクファクター)モデルに基づいて算出されます。基本式は以下のとおりです。
RW = K × 12.5 × 満期調整
ここで、K(資本要求率)は1単位のEADに対する必要資本量を示す比率です。12.5は自己資本比率の最低水準8%の逆数(1÷0.08)であり、EAD × K で求まる「必要資本量」をRWAに変換するための係数です。
Kは以下の式で計算されます。
K = LGD × [N(G(PD) × √(1/(1−R)) + G(0.999) × √(R/(1−R))) − PD] × 満期調整
式は複雑に見えますが、構成要素は以下の通り限られています。
- PD:1年デフォルト確率
- LGD:デフォルト時損失率
- R:相関係数(規制上定められる)
- N(⋅):標準正規分布の累積分布関数
- G(⋅):標準正規分布の逆累積分布関数
- 0.999:99.9%信頼水準(規制上の固定値)
- 満期調整:残存期間M(マチュリティ)に応じた調整係数
つまり実務上、銀行が推計するのはPD・LGD・Mの3つであり、それ以外(R・0.999・係数)は規制上固定です。以下では各要素の意味と計算上の役割を順に解説します。
3. PD(デフォルト確率)の役割
PDは、債務者が将来1年以内にデフォルト(債務不履行)する確率を表します。IRB方式では、銀行が自行の内部格付モデルを用いて格付ごとにPDを推計します。
PDの基本的な要件は以下のとおりです。
- 最低値(フロア)は0.05%(5bps)。バーゼルⅢ最終化により、それまでの0.03%から0.05%へ引き上げられました。これより低いPDは認められず、優良企業向けでも下限値が適用されます
- 少なくとも5年以上の長期的なデフォルト実績データに基づき推計する必要があります
- 景気循環の影響を一定程度均した「TTC(Through-the-Cycle)」型の推計が原則
- 毎年バックテストにより推計精度を検証することが求められます
PDはRW計算式の中で2つの役割を担います。第一に「期待損失」の計算要素として(PD × LGD × EADがELの基本式)、第二に「予想外損失」の計算要素として、99.9%信頼水準のショック下でのデフォルト確率を導出する基準値となります。
4. LGD(デフォルト時損失率)の役割
LGDは、債務者がデフォルトした場合に、エクスポージャーのうちどの程度が回収できずに損失となるかを示す比率です。
例えばLGD=40%であれば、デフォルト時にエクスポージャーの40%が損失となり、60%が回収可能と見込まれていることになります。担保や保証によって回収可能性が高まればLGDは低下します。
IRB方式におけるLGDの扱いは、FIRB(基礎的IRB)とAIRB(先進的IRB)で異なります。
| 方式 | LGDの扱い |
|---|---|
| FIRB | 当局指定値を使用 |
| AIRB | 銀行が自行推計(承認要件あり・最低7年のデータ) |
バーゼルIII最終化により、AIRBの適用可能範囲は一部制限されました。金融機関向け・売上高500億円超(連結ベースで5億EUR超)の大企業向けエクスポージャーについては、AIRBの利用が廃止されFIRBのみとなり、LGDの自行推計は認められません。
また、バーゼルIII最終化ではFIRBの当局指定LGDも見直しされました。事業法人向け無担保シニア債権のLGDは、従来の45%から40%に引き下げられています。一方で金融機関向けは45%のまま据え置きです。主要な区分の当局指定LGDは以下のとおりです。
| 区分 | 債権種類 | LGD |
|---|---|---|
| 事業法人向け | 無担保シニア債権 | 40%(旧45%) |
| 事業法人向け | 無担保ジュニア債権 | 75% |
| 金融機関向け | 無担保シニア債権 | 45% |
| 金融機関向け | 無担保ジュニア債権 | 75% |
有担保部分のLGDも見直され、ヘアカット率の引き上げと併せて、非金融資産担保(売掛債権・不動産担保・その他担保)の有担保LGDは引き下げられました(売掛債権・不動産担保35%→20%、その他担保40%→25%)。これは「担保をより多く積むことで、より低い有担保LGDを認める」設計です。
5. 相関係数(R)の役割と業種による差
相関係数Rは、ASRFモデルにおいてシステマティックリスク(市場全体の景気変動)への感応度を表します。Rが大きいほど、債務者の業績が景気変動に強く連動することを意味し、結果として99.9%信頼水準のショック下でのデフォルト集中が大きくなりRWが上昇します。
Rは銀行の推計対象ではなく、規制式により自動的に決定されます。主な区分ごとの相関係数の設定は以下のとおりです。
事業法人向けエクスポージャー
R = 0.12 × (1 − exp(−50 × PD)) / (1 − exp(−50)) + 0.24 × [1 − (1 − exp(−50 × PD)) / (1 − exp(−50))]
この式の特徴は、PDが低い(信用力が高い)ほどRが大きくなる点です。PD=0%付近ではR≒24%、PD=100%付近ではR≒12%となります。これは、信用力の高い企業ほど景気変動の影響を強く受け、システマティックリスクへの感応度が高いというASRFモデルの前提に基づくものです。
大規模規制金融機関および非規制金融機関向けエクスポージャー
事業法人向けと同じ式に対して、相関係数を1.25倍に引き上げる調整が加えられます。ただし、この調整はすべての金融機関向けエクスポージャーではなく、以下の2類型に限定して適用されます。
- 大規模規制金融機関(連結総資産1,000億ドル以上の規制対象金融機関)
- 非規制金融機関(規制対象外の金融機関。ファンド・ヘッジファンド・特定の証券化ビークル等)
この調整は、リーマン・ショックの経験を踏まえ、大規模金融機関同士の相関がより強く危機時に連鎖的にデフォルトしやすいこと、また規制対象外の金融機関には情報の非対称性・健全性監督の不在によるリスクがあることを反映した規制上の措置です。一方、中小規模の規制対象金融機関(地方銀行・信用金庫等)向けエクスポージャーには1.25倍の調整は適用されず、通常の事業法人と同じ相関係数の式が使われます。
住宅ローン向けエクスポージャー
R = 0.15(固定)
適格リボルビング向けエクスポージャー(QRRE)
R = 0.04(固定)
その他のリテール向けエクスポージャー
R = 0.03 × (1 − exp(−35 × PD)) / (1 − exp(−35)) + 0.16 × [1 − (1 − exp(−35 × PD)) / (1 − exp(−35))]
事業法人と類似した構造ですが、相関係数の上限・下限が低く設定されています。リテール向けは分散効果が大きく、システマティックリスクへの感応度が事業法人より低いという考えに基づきます。
6. 満期調整(M)の役割
満期調整は、エクスポージャーの残存期間が長いほどRWを増加させる調整です。残存期間が長いほど信用力の悪化リスク(マイグレーションリスク)が累積するため、これを織り込む仕組みです。
満期調整係数は以下の式で計算されます。
満期調整 = (1 + (M − 2.5) × b(PD)) / (1 − 1.5 × b(PD))
ここで b(PD) = (0.11852 − 0.05478 × ln(PD))² です。
残存期間M=2.5年では満期調整=1(中立)、Mが2.5年より大きいと1を超えて増加します。PDが低い(信用力が高い)ほどb(PD)が大きくなり、満期延長によるRWの増加幅が大きくなります。
Mの推計についても、FIRBとAIRBで扱いが異なります。
| 方式 | Mの扱い |
|---|---|
| FIRB | 原則として一律2.5年(一部例外で実残存期間使用可) |
| AIRB | 銀行が実際の残存期間を計算(上限5年、下限1年) |
なお、リテール向けエクスポージャーには満期調整は適用されません(M=固定でなく、調整自体がない)。これはリテール債権の残存期間が一般に短く、ポートフォリオ単位での管理が前提となっているためです。
7. 計算例――事業法人向けエクスポージャー
以下の条件でRW計算を行います。
- 無担保の事業法人向け貸出
- EAD:100億円
- PD:1%(=0.01)
- LGD:40%(FIRBの当局指定値・無担保シニア・バーゼルIII最終化後)
- M:3年
Step 1:相関係数Rの計算
(1 − exp(−50 × 0.01)) / (1 − exp(−50)) = (1 − 0.6065) / (1 − 0) ≒ 0.3935
R = 0.12 × 0.3935 + 0.24 × (1 − 0.3935) ≒ 0.0472 + 0.1456 = 0.1928
Step 2:満期調整係数の計算
b(PD) = (0.11852 − 0.05478 × ln(0.01))² = (0.11852 − 0.05478 × (−4.605))² ≒ (0.3708)² ≒ 0.1375
満期調整 = (1 + (3 − 2.5) × 0.1375) / (1 − 1.5 × 0.1375) = 1.0688 / 0.7938 ≒ 1.346
Step 3:K(資本要求率)の計算
正規分布関数の中の計算:
G(PD) = G(0.01) ≒ −2.326(標準正規分布の1%点)
G(0.999) ≒ 3.090
内側 = −2.326 × √(1/(1−0.1928)) + 3.090 × √(0.1928/(1−0.1928))
= −2.326 × 1.114 + 3.090 × 0.489
= −2.591 + 1.511 ≒ −1.080
N(−1.080) ≒ 0.1401
K = 0.40 × (0.1401 − 0.01) × 1.346 ≒ 0.40 × 0.1301 × 1.346 ≒ 0.0700(=7.00%)
Step 4:RWとRWAの計算
RW = K × 12.5 = 0.0700 × 12.5 ≒ 87.5%
RWA = EAD × RW = 100億円 × 87.5% = 87.5億円
同じエクスポージャーをSA(無格付の事業法人)で計算した場合、RWは一律100%となりRWA = 100億円です。IRBにより約12.5億円のRWA削減効果が得られたことになります。バーゼルIII最終化でLGDが45%→40%に引き下げられたことにより、IRB採用行の事業法人向けRWAは旧基準より一段低くなる方向に作用します。ただし実際にはPDが0.5%未満の優良企業ではより大幅なRWA削減が、PDが3%以上のハイリスク先ではSAより高いRWになることもあります。
8. SAとIRBの比較――どのような違いが生まれるか
同じエクスポージャーでも、SAとIRBで計算したRWは大きく異なる場合があります。両者の主な違いを整理します。
| 論点 | SA | IRB |
|---|---|---|
| RWの決定 | 区分別の固定値表 | PD・LGD・M等を式に代入して算出 |
| 信用力差の反映 | 限定的(外部格付があれば反映) | PDを通じて精緻に反映 |
| 担保の反映 | EADを削減(包括的手法)またはRWを下げる(簡便法) | LGDを通じてRWに反映(一部例外でEAD削減) |
| 満期の反映 | 反映なし | 満期調整で反映(リテール除く) |
| 不動産担保 | LTV連動でRWを直接引き下げ | LGD推計に反映(直接的なRW引き下げなし) |
| 計算負荷 | 軽い | 重い(モデル開発・検証・データ整備が必要) |
バーゼルIII最終化以降は、IRBで算出したRWAが過度に低くならないよう、アウトプットフロアによりSAの72.5%を下限とする制約が設けられています。IRBの精緻なリスク感応度の恩恵は、ポートフォリオ単位のフロアの範囲内でのみ享受できる仕組みです。
まとめ
IRB方式における信用リスクRWの計算ロジックを整理しました。ポイントは以下のとおりです。
- RW = K × 12.5 × 満期調整。Kは資本要求率、12.5は最低自己資本比率8%の逆数
- 銀行が推計するのはPD・LGD・Mの3つ。相関係数R・信頼水準0.999は規制上固定
- バーゼルⅢ最終化によりPDフロアは0.05%(5bps)に引き上げられた(旧0.03%)
- 相関係数RはPDが低いほど大きくなる構造(事業法人)。大規模規制金融機関・非規制金融機関向けは1.25倍の上乗せ
- FIRBではLGD・Mは当局指定値、AIRBでは銀行が自行推計。バーゼルIII最終化により事業法人向け無担保シニアLGDは45%→40%に引き下げ
- バーゼルIII最終化により、金融機関・大企業向けはAIRB不可(FIRBのみ)に
- 満期調整はリテール向けには適用されない
- IRBの恩恵はアウトプットフロア(SAの72.5%下限)の範囲内でのみ享受可能
本記事ではIRBの計算ロジックを中心に解説しましたが、SAにおける個別の区分(事業法人・住宅ローン・株式等)のRW決定の詳細については以下の関連記事をご参照ください。
関連記事:信用リスクの標準的手法(SA)入門
関連記事:信用リスクアセット計算の基本:RWA = EAD × RW
関連記事:アウトプットフロアとは何か