信用リスクの基本と内部格付方式(IRB)の実務

SAとの違いやPD/LGDの意味を解説


はじめに

信用リスクの管理は、銀行経営の根幹を支える極めて重要な要素です。2024年3月末基準より、日本国内でもバーゼルⅢ最終化が施行され、主要な国内銀行において、新たな自己資本比率規制が適用されました(3メガは2025年3月末基準より導入)。

これにより、信用リスクの定量評価における手法選択(SAとIRB)やリスクパラメータの正確性が、ますます注目されるようになっています。特に内部格付手法(IRB)を採用している金融機関では、Output Floorの影響もあり、自己資本比率やRWAへの意識がこれまで以上に高まっています。

この記事では、実務家の視点から、以下の点をわかりやすく解説していきます。

  • 信用リスクの定義と「EL/UL」という基本的な考え方
  • アセットクラスの分類と実務上の影響
  • SAとIRB(FIRB/AIRB)の違い
  • PD・LGDといった主要パラメータの意味と算出方法
  • バーゼルⅢ最終化導入後の実務上の課題

特に、リスク管理部門や経営企画部門の方にとっては、モデルの仕組みと資本への影響を“言語化して説明できる力”が、今後ますます重要になります。本記事がその一助となれば幸いです。


第1章:信用リスクとは?ELとULの基本概念

信用リスクとは?

信用リスク(Credit Risk)とは、債務者が元本や利息などを契約通りに返済できなくなるリスクを指します。銀行の場合は主に、貸出債権や社債、デリバティブ取引のカウンターパーティリスクなどが該当します。

信用リスクの評価と管理は、自己資本比率の算出、貸倒引当金の設定、そして経営判断に直結する非常に重要な分野です。

バーゼル規制では、信用リスクによる損失をEL (Expected Loss)とUL (Unexpected Loss)に分解し、それぞれを自己資本比率の分子と分母に分けて管理します。


EL(Expected Loss:期待損失)とは?

ELとは、統計的に平均的に発生が予測される損失額を指します。
以下のように計算されます:

EL = PD × LGD × EAD

  • PD(Probability of Default):デフォルト確率
  • LGD(Loss Given Default):デフォルト時損失率
  • EAD(Exposure at Default):デフォルト時のエクスポージャー(未回収残高)

ELは「通常の業務において、ある程度織り込める損失」であるため、会計上は貸倒引当金などで吸収すべき損失とされています。

🔍 自己資本比率計算上の取り扱い

内部格付手法(IRB)を採用している場合、自己資本比率の計算では以下のような調整が行われます:

  • ELが貸倒引当金を超過する場合、当該超過分をCET1から控除する
  • 貸倒引当金がELを超過する場合、当該超過分を、Tier2資本に組み入れる

つまり、貸倒引当金を足し戻しつつ、その代わりに期待損失を控除するという「EL控除調整」が行われるため、実務上は両者のバランス管理が重要になります。

このため、IRBを導入している銀行では、引当金の水準とELとの関係を定期的にモニタリングすることが求められています。
ELが大きく、引当金が不十分であれば、その差額が資本から直接控除されるため、自己資本比率に直接的な影響を与えます。


UL(Unexpected Loss:想定外損失)とは?

UL(Unexpected Loss:想定外損失)とは?

UL(Unexpected Loss)とは、実際の損失が期待損失(EL)を上回る、まれに発生するが重大な損失部分を意味します。
これは、確率分布における標準偏差やVaR(バリュー・アット・リスク)に相当する概念と考えることができます。

ULは「統計的に想定される最大損失額とELの差」とも言えます。
つまり、ELを超えて発生する損失の変動幅=ULという位置付けです。


ULと自己資本の関係

ULに備えるのが、銀行にとっての自己資本の本来の役割です。
つまり、ULの見積もりが大きければ、その分だけ規制上必要な自己資本額(≒リスクアセット)が増加することになります。

IRBアプローチでは、ULをベースとしてリスクアセット(RWA)を計算し、そのRWAに8%を乗じて最低所要自己資本額を求めます。

Output Floorとの関係

2024年3月以降、日本でも導入されたOutput Floorにより、内部モデルによるULの過小評価が制限されました(正確には、旧規制であるバーゼルⅡ導入時からこのようなフロアの概念はありましたが、この規制によりリスク横断的かつ画一的なフロアになりました)。

Output Floorとは:

内部モデル方式(IRB・IMA等)で算出された合計RWAが、標準的手法(SA等)によって算出されたRWAの72.5%未満にならないようにするというルールです。

このルールにより、仮に内部モデルによりリスクアセット(RWA)を算出しても、一定の水準までは標準手法に基づいたRWAが強制的に適用されます。


❗誤解しやすいポイント①:「信用リスクだけが対象」ではない

Output Floorは、信用リスクだけを対象にする制度ではありません。

バーゼルⅢ最終化では、以下の3リスクの内部モデルによるRWAの合計を使って算定されます:

  • 信用リスク(IRBなど)
  • 市場リスク(内部モデル方式または標準法)
  • オペレーショナルリスク(内部モデル廃止→標準法に移行)

(ここでは、CVAリスクは信用リスクに含めることとしています)

この内部モデルRWA合計と、標準手法によるRWA合計を比較して、内部モデルの結果が過度に小さくならないように調整する仕組みです。


❗誤解しやすいポイント②:「与信ごとの比較」ではない

Output Floorは、与信1件1件のリスク評価に適用されるものではありません。
実務上は以下のように取り扱われます:

  • 与信や資産単位のRWAを積み上げて全体の合計RWA(内部モデルベース)をまず算出
  • 同じ範囲の資産について、標準手法ベースでRWAを再計算
  • それらの総合値を比較し、Output Floorを満たしているかを判定

したがって、Output Floorは“全体資本規制のレベル”でのセーフガードであることに留意が必要です。

ただし、これは自己資本比率計算上の話であり、個別与信の採算性評価の観点から、実務においては各与信に対してIRBとSAそれぞれのRWAを算出し比較することはよく行われています。


実務への影響

  • モデルが高度であっても、結果としてRWAがSAの72.5%未満になればその下限が強制適用される
  • IRBの資本優位性が薄れ、コスト対効果の見直しやSA回帰の議論が起こっている
  • 各リスクカテゴリー(信用・市場・オペ)を総合的に調整・管理する体制が求められる
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